たらら~んとしたブログ

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哀悼 ~二代目中村源左衛門さん~



中村源左衛門氏(なかむら・げんざえもん=歌舞伎俳優、本名森長練磨=
もりなが・れんま)20日午前9時15分、食道がんのため神奈川県藤沢市の
病院で死去、72歳。鳥取県出身。自宅は東京都東村山市富士見町5の1の8。
葬儀・告別式は23日午前10時から東京都中野区中央2の33の3、
宝仙寺大師堂で。喪主は妻森長淳子(もりなが・あつこ)さん。
中村勘三郎一門で、名脇役として活躍した。




なんかまだ、ちょっと信じられない訃報です。
つい数ヶ月前までは、元気な姿で舞台上に存在していた源左衛門さん。
闘病されていたことも知りませんでした。
中村屋襲名*巡業西コースの初日以降、過労で入院……舞台を休演されていること
は聞いていましたが、六月博多座、七月巡業東コース、八月納涼歌舞伎・・・と、
立て続けの出演だったので、年齢的にも過労で休むのは当然というか、「そりゃ、疲れ
るよなー」くらいにしか思っていなかったのです。
だから、ほんとうに驚いてしまって、まだ信じられない。

巡業コースでは、本朝廿四孝~十種香~の長尾謙信。
このお役が最後のお役になってしまったのですね・・・。
今回巡業西/東コースの昼の部は、1度しか観られなかったのですが、もう少し観て
おけばよかったと思ってしまう。
私は中村屋馬鹿なので、歌舞伎も中村屋の出るモノを中心に観てきました。それは今
もなんですが…。なので、助五郎さん(の方が私には馴染み深い)改め、源左衛門さん
はすぐに覚えた脇役さんでした。

今いちばん思い出すのは、先日の巡業や、八月の八犬伝とかではなく、年始の浅草
歌舞伎で判人源六をやっていた源左衛門さんだったりします。勘太郎、そして七之助
が初役で挑んだ「仮名手本忠臣蔵」の五・六段目。
一文字屋お才のお供でやってくる女衒の男……判人源六。気風のいい江戸っ子で、
お才の前で良い格好がしたくて、「この商売になってからこの年になるまで、江戸の
吉原は言うに及ばず東海道を股にかけ、富士の山へ腰をかけ、唐崎の松を楊枝に使い、
近江の湖水で面ァ洗ったお兄いさんだ!」と啖呵を切る。観客には、おかるを連れて
行く悪い男に見える源六ですが、源左衛門さんの源六は仕事上の付き合いを越えて、
お才が大好きっていう風に見えて、ゆえに勘平に啖呵を切ったり、張り切っておかる
を連れ出したりしても、憎めない気分になった。

脇役(三階さん)の方は、こういった<憎まれ役>や<敵役>などをやることが多いように
思いますが、源左衛門さんのそれらは、ご本人自身の雰囲気のせいか、小柄なのも
手伝ってか、憎めないのでありました。それでは駄目じゃんか…っていう話もある
でしょうが、私の中の源左衛門さん演じる敵役などの悪者は「憎めない」感じだった
のです。若い時代を知りませんから、そうなのかも知れませんが・・・。

源左衛門さんは、19歳の時に先代の勘三郎に弟子入りして、今までずっと中村屋の
下で芝居をしてきたわけです。
その前も旅回りの一座に居たというので、ほんとうに芝居が大好きな人だったのだろう
と思います。先代が亡くなって、今の勘三郎さんに当主がかわった時に、大変でも
役がやりたいと、手紙を書いたというエピソードも残っています。「役で出れば余分な
お金もかかるんですよ。・・・略・・・それでも役者である以上、ぼくは役がしたい。
このことを若旦那にどうわかってもらおうか、さんざん考えましてね」と、こうでした。

ほんとうに芝居好きで、芝居馬鹿な役者さんだったのでしょうね。
闘病しながらも舞台に立ち続けたのは、そういう人だったからだと思います。
せっかく、十八代目勘三郎襲名披露(2005年3月)で、今のお名前・・・源左衛門を
襲名したのだから、京都南座までは出たかったんじゃないかなぁ。せめて!
私も南座で、初めて観に行く南座の舞台の上で、源左衛門さんに会えると思っていたし。

普段は、和装に帽子をかぶった粋な姿で銀座の街などを歩いていました。楽屋口など
で遭遇した時に挨拶すると、恥ずかしそうに微笑みながら会釈をして下さいました。
礼儀正しくて、優しそうな方でした。

・・・なんだか、いろいろと思い出してしまいます。コクーン歌舞伎の四谷左門……。
ヨイショ!の神様で、振袖姿の小山三さんと一緒に並んで語り部をやっていた姿は、
なんだかとても微笑ましかった。博多座の文七元結での藤助さん、鈴ヶ森の汚らしい
雲助・・・、ブログを書きながらポツ、ポツと頭に浮かんできます。いつも、中村屋の
側にいてくれた源左衛門さんだから、歌舞伎歴の浅い私でもいっぱい思い出すことが
できるのですけれど。

どうか、これからも変わらず中村屋を天から支えて下さいますように・・・。
なんて言ったら、「もう休ませて下さいよ」と返されてしまうかしら?
休めていたらいいですが、すでに先代のところで立ち働かされているかもしれないなぁ。
あの世について早々また忙しいっていう。

ご冥福をお祈りいたします。

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-4 Comments

つむぎ says...""
昨日はコメント有り難うございます。
この寂しさを誰かと分かち当てたい、といったら大げさでしょうか?
・・・だったので、コメントとても嬉しかったです。
こうやって段々世代交代していくんですねぇ。
勘太郎くん&七之助くん達にも頑張っていってもらわないと!

私も記事TBさせていただきました。
SMAPネタにも書き込みたいことが沢山あるのですが、もう少し落ち着いてテンション上がってからにしときます。
では、また。
2006.10.24 12:46 | URL | #B1DnmyeQ [edit]
阿国の母 says...""
初めまして。源左衛門さんご逝去、うかつにも知らなかったので、
驚いています。中村屋生え抜きの役者サン、情厚い勘三郎サンや勘太郎さんたち、小山三サンどんなにかショックでしょう。
 『ヨイショの神様』の小山三さんとの名コンビぶり、『髪結新三』の鰹売りなど思い出す舞台いっぱいです。ご冥福をお祈り申し上げます。

 十月歌舞伎座、昼夜みました。
昼の方が華やか。仁左衛門さんらしい水も滴る・・・お祭りと、勘平、どちらも素敵でした。
 勘三郎さん一家、巡業中でお江戸は寂しいですね。
2006.10.25 08:13 | URL | #6eFO689U [edit]
管理人A says..."つむぎ様へ"
コメントありがとうございます。ほんとうに淋しいですね・・・。
予期せぬ訃報だったので、なんだかまだピンとこない感じもあります。
11/8に、町田へ錦秋歌舞伎を観に行きます。ご兄弟の初日です。
勘太郎復活の日でもあるので、楽しみです・・・。
二人も気落ちしてる暇なく、稽古に励んでいる筈です。
この巡業には、芸談コーナーがあるので、源左衛門さんの話も出るかもしれませんね。

そうそう、つむぎ様もスマさん好きなんですね!! 趣味がかぶってます(笑)
2006.10.28 03:33 | URL | #EB29KFfw [edit]
管理人A says...""
はじめまして。コメント残して下さって嬉しいです。

訃報はWEBのニュースで知りました。ヤフーニュースを見ていて、見つけた時は驚きました。

阿国の母様も、十月は歌舞伎座・昼と夜をご覧になったのですね。
たしかに、昼の方が華やかでしたね。寿曽我対面、お祭り・・・気持ちが明るくなる演目が
あるとよいものです。
夜は仁左衛門さんの勘平が素敵なんですが、話がどうにもしめっぽい五・六段目。
髪結新三も・・・ですしね。私は昼のような歌舞伎の方が好きです。
バランスがよくて。

また、コメントなどお気軽に残して下さいね。よろしくお願い致します。
2006.10.28 03:41 | URL | #EB29KFfw [edit]

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