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「盲目物語」~十二月大歌舞伎~

昨日に引き続き、十二月大歌舞伎の感想を書いておきます。

【盲目物語】

「思うとも、その色人に知らすなよ。思わぬふりで忘するなよ。」

盲目の按摩・弥市と木下藤吉郎の二役を勘三郎。お市の方を玉三郎、藤吉郎のライバル・
柴田勝家を橋之助がつとめた「盲目物語」。原作は谷崎潤一郎。
時代は戦国の世。兄・織田信長に政略結婚をさせられた上、夫の浅井長政(薪車)を殺された
お市。その心を癒すのは盲目の弥市の唄と療治。弥市は叶わぬ恋とわきまえた上で、お市の
ことを密かに恋い慕っています。それで、上に色文字で書いた唄。これを冒頭の場面で詠うの
ですが、最後もこの唄で幕が下ります。(→涙ポイント)

お話は史実に、弥市という架空?の登場人物を入れ込み、秀吉(藤吉郎)の天下統一の裏に
は、お市の方を巡る恋の鞘当があったのですよ・・・といったもの。お市に惚れている
【勝家 VS 藤吉郎】! 話の流れはこの二人の恋のバトルなのですが、物語のまことは、
勘三郎が二役演じわけしている【弥市 VS 藤吉郎】でもあるのです。
いろいろが二重構造のように感じました。

勘三郎さんの弥市と藤吉郎。良かったです。なんだろうなぁ、この人。どうして、あんなに
観客を自分の世界に取り込むのが上手いんだろう。(→これが、表裏一体で損な時もありますが)
私は弥市にかなり感情移入してしまったので、落ちぶれて乞食になった弥市が三味線を弾き
語る後ろに、亡くなったお市の幻影(霊)が現れ、弥市の唄に合わせて琴を奏で始めるという
ラストの場面は泣けてしまった。マジ泣き。
これは弥市の良き時代の追憶であり、夢・理想であり、そして、この物語の主役で実のところ
お市の方といちばん心を通わせていたのは弥市なんですよ……、というハッピーな結末とも
取れる素敵な幕切れです。弥市は憧れてやまないお市と恋仲にはなれませんでしたが、お市と
いちばん長く過ごし、いつも傍にいて、信頼し合い心通わせていたのは事実です。
お市も弥市にはなんでも話しますし、辛い境遇を癒してもらっていた。う~ん…、谷崎さん
こういう話好きですよね。「春琴抄」といい。表面上プラトニックな情愛を書くというか……。
どうして、表面上かといいますと、弥市はお市に密かな恋心を抱き、いじましく尽くしている
のは上辺で、実はちゃんと肉欲的な願望も持っているんです。それは勘三郎さんの芝居からも
窺えました。目は見えずとも、療治として愛する女(お市)の体に触れるたび、その肉体の
素晴らしさに歓びを感じている。そのあたり、色濃く芝居に出してくれていたので、谷崎っぽい
……と思いました。これがないと、ただの純愛物語で面白くないですから。
その上、弥市は谷崎作品によく描かれる「マゾヒズム」の嗜好も持っています。盲目で、恋して
も報われない憐れな自分をも楽しんでいる。精神マゾです。歌舞伎はやっぱりエロティックな
要素がありますよね。高尚に捉えられるのが謎。(→これは谷崎文学も含めて……)
お市が亡くなった後は、娘お茶々にしばらく尽くしますが、たぶんお市と違ってプライドの低い
お茶々(藤吉郎に媚びてそう)の傍にいるのが厭だったのか、姿を晦まし乞食になります。

藤吉郎(秀吉)は、この作品の中では粘着ストーカーのような男として登場します。
信長の命令でお市の夫とその子供を殺しているのに、厚顔無恥というかなんというか、不屈の
精神で猛アタック。しかし、お市は勝家と再婚。振られてしまいます。でも、めげない。
十年以上かけて、勝家を追い詰め滅ぼし、お市を手に入れようとしたわけですが、お市は勝家
と一緒に自害してしまう。間に合わなかった! でも、めげない(笑)。若い頃のお市に
面差しが似ている、お市の娘・お茶々(七之助)を側室に迎えます。(→のちの淀君)
まさに執念。けれども、お茶々はお市ではありません。藤吉郎の成就したかに見える恋は空虚
なモノで、満たされはしないのでした。太閤秀吉となってからの勘三郎さんの芝居は、どこと
なく苛々した感じに見えます。天下を取っても、この物語の中では完璧に敗者なんですね。
弥市と藤吉郎、この二人を早替わりでつとめた勘三郎さんですが、一人でこの対照的な人物を
演じ分けるなんて難しいだろうなぁ…と思いますが、見事でした(涙)

そして、登場人物たちの愛を一身に受けるお市の方・玉三郎。とにかく美しい。うっとり。
琴の腕前も素晴らしく、歌舞伎役者は楽器も扱わなければならないので大変だなぁなんて、
変なところにも感心してしまいました。
お市は政略結婚で結ばれた浅井長政との間に子供を三人もうけたものの、今は未亡人。
傷心の日々を送っているわけですが、やっぱり谷崎作品なので高潔とは言いがたいところも。
亡夫に操を立てている裏で、母とはいえ若いお市は、奥底で心と肉体を持て余している風情。
天下取りのために手段を選ばない信長を軽蔑し、野心もなにもない模範的な女性という表の顔
の裏に、計算高さ、信長の妹(高貴な身分)であるプライドを隠し持っている。見た目は高潔
な聖賢、中味は「女」っていう二面性。・・・と考えると、やっぱり弥市とお市は通じる所が
ありますよね~。見せ場としては、しつこく迫る藤吉郎を「足軽あがりの・・・」と罵る場面。
この場面で、お市の方の姫っぽい思考がはっきりと見えます。

橋之助の勝家は、真面目で裏表がなさそうな爽快さのあるイイ男(ある意味詰まらない役)。
段治郎休演で浅井長政の亡霊をつとめた薪車は、夜の部の義経に比べたらかなりの好演。
頑張っておりました。お茶々の七之助も大健闘。綺麗でしたよ。しかし、弟と父、母と義父
を殺した藤吉郎にすっかり惚れてしまうお茶々は、その神経が理解できない。堪えていつか
復讐するためっていうなら納得なんですけれど。ここがこの芝居の気になるところ。
「男は金でございます」(→野田版鼠小僧の辺見娘おしな)を思い出してしまいました(笑)

長くなりましたが、新歌舞伎「盲目物語」はとても面白かったです。くわしい配役・粗筋は
こちらをご覧下さい。

十二月歌舞伎座はまだチケットが残っているようですので、ぜひ、劇場に足を運んでみて
下さい。面白いです。どちらかと言えば、昼の部の方がお薦めです!

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